Matsuo & Kosugi 弁護士法人 松尾綜合法律事務所
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所属弁護士の紹介

過去に取り扱った事件

弁護士法人松尾総合法律事務所代表
クライアントは、ポール・マッカートニー、マイルズ・デービスらの海外著名人から日本赤軍の岡本公三まで多岐に亘る。法学界においても、日本、海外の大学で教鞭を取っており、また、日本における企業再生の第一人者として、数多の企業再生をすべて成功させている。以下に、数件の忘れ得ぬ事件を掲げる。

 「誰もやらないことをやる。」私は「自分が正しいと思ったことは、そしてそれがRule of Lawと正義に反しないときは、弁護士報酬とは関係なくやり通す。」一貫してそのように仕事をしてきました。
弁護士になって55年も経ちました。私個人の信条と、私にとって忘れられない事件とを、一貫して流れるものを、今考え直すと、「コロンブスの卵」の諺え話と殆ど同じだと思います。その中から、忘れ得ぬ事件を紹介します。
ある銀行から218億円をADRで回収した事件がありました。私は裁判所から某破産会社の清算人に任命され、その破産会社の複数の海外訴訟事件を訴訟承継しました。訴訟がサンフランシスコの調停手続に移ったときのことです。私は、膨大な裁判資料の中から、米国訴訟において相手方の代理人であったアメリカの巨大法律事務所が、日本のある巨大法律事務所と手を組んで、当該破産会社に対し、詐害行為を行っていたと解される重要な証拠を発見しました。
 すると調停主任裁判官は、「松尾さん、和解金がいくらだったら和解に応じますか?」と聞いてきました。そこで私は、調停主任裁判官に、日本には「『渇しても盗泉の水を飲まず』という道徳律がある。だからアメリカの法律事務所からは一銭の金も貰わない。その代りに日本の全国紙に謝罪広告を出してくれ」と答えました。相手は承諾し、また相手方の日本の法律事務所も同意したので、朝日新聞と読売新聞にアメリカの巨大法律事務所から日本の裁判所に清算人として任命された私宛に謝罪広告が掲載されました。そのあとで、上記詐害行為を基に、日本の某銀行から日本のADRで218億円もの和解金を回収しました。この事件は、日本だけでなく海外の法曹界に大きなニュースとなって駆け巡りました。

 また、日本企業とアメリカ企業の間で、契約の不当解除を請求原因とする訴訟事件がサンフランシスコの連邦地裁で提起された時のことです。1審は日本側の敗訴。控訴審でも日本側が完敗し、当時のお金で凄じい位巨額な債務負担をしなければならない判決がでました。私は連邦最高裁に上告するところから、日本企業側の代理人として、この事件を担当するようになりました。そのとき私のとった法廷技術を細かくは説明できませんが、私はその解決を弁護士にも裁判所にも期待しませんでした。私は米国法上許されている「トラブル・シューター」の会社に対し、法廷外で原告・被告のトップ間の和解交渉の纏めを依頼しました。その「トラブル・シューター」の会社のトップは、元米国国務長官をおやりになった大変著名な方でした。結論として、アメリカ側は大幅な減額に応じ、日本側もそこそこの和解金を被告に払うが、損害賠償責任については一切その責を負わない旨の確認を相手方からとり、法定外和解を成立させ、これにより、連邦最高裁判所の訴訟事件を、外形上は相手方の請求を棄却する形で終結させました。紛争事件の解決は弁護士と裁判所でなければ出来ないと理解している常識が必ずしも正しくはないのです。(註:もっともこの表現は余りにも単純化した説明なので、実際はもっと大変でした。)

 さらに別の事件です。ニューヨークのある銀行(仮にA銀行とします)に預金を持っていた日本人老婦人が日本に帰国後、暴力団にすべての資産をとられてしまいました。そして一文無しで新宿の路上で行路病者として倒れていたときに、新宿区役所の保険課が彼女を介護施設に保護し、そのあとで私が東京家庭裁判所から彼女の成年後見人に任命された事件がありました。
 私は、東京中央郵便局の私書箱にあった2通のアリゾナの銀行からの銀行口座残高報告書を頼りに、テキサスの銀行、ニューヨークの銀行と遡り、最終的にニューヨークのA銀行に預金の払戻請求に行きました。ところがA銀行は、「私達はニューヨーク州法に従って営業をしている銀行なので、日本の裁判所の任命した後見人の請求を聞くことはできない」と言って一切交渉に応じませんでした。そこで私は、日本の家庭裁判所の許可を得て、現地の弁護士さんを雇い、A銀行を相手取って、ニューヨークの裁判所に訴訟を提起しました。2ヶ月も経たないうちに、私は、証人としてニューヨークの裁判所に呼び出されました。争点は、私にこの訴訟の当事者能力と当事者適格が認められるか否かでした。約2時間に亘り、女性裁判官から私が成年後見人たりえる根拠条文からその権利、義務、さらに執務内容(病状の診察から暴力団との交渉で資産取戻しをやったことなど)を微に入り細に入り尋問され、そのすべてにキチンと回答証言をしました。すると、その女性裁判長は、「判った。では、当法廷は結審する。松尾さんをニューヨーク州におけるA銀行からの預金返済請求について、暫定的にニューヨーク州の後見人と認める。」とその場で判決の言渡をしました。翌日には、その判決書は既にタイプされ裁判官の署名もされていました。
 私はその判決書を持ってA銀行に行ったところ、「判った。では老婦人の預金残額を直ちに払い戻す。」と言ってくれ、約1億8000万円もの残金をすべて代理人弁護士の口座に移管してくれました。考えてみれば、私が「ニューヨークで訴訟を起こしたい。」と申し立てたときの東京家庭裁判所の裁判官の許可裁決がなければ、そしてあれだけ厳しい(まるで司法試験の口述試験のような)裁判官の尋問に応答できなかったら、こういう事件結果は生まれなかったのです。ニューヨークのA銀行や、アメリカのその他の銀行などには、同種の日本人の預金は山ほど残っている筈です。何故成年後見人に任命された日本人弁護士が、遺族の為に海外の銀行に対して預金返還請求訴訟を申し立てないのか、私は不思議に思っています。「誰もやらないから。」と言うのは言い訳になりません。

 こういうことで、忘れ得ぬ事件を書いていったら、キリが無いでしょう。でも私は、今でもこう思います。「何時でも、どこでも、誰の為でも、それが法の支配(Rule of Law)の原則と正義に照らして正しいと思うなら、どんな事件であっても全力を尽くすべきだ」 そして、その為には、弁護士として死ぬまで勉強を続けることです。