COLUMN コラム
ステルスマーケティングに対する法的規制
1 はじめに
(1)ステルスマーケティングとは
SNSの投稿やレビューサイトの口コミを閲覧していると、商品やサービスについて、消費者やインフルエンサー等の第三者が独自に評価・コメントしているように見えて、実際には、事業者が自身の商品やサービスを広告しているものにすぎなかったというケースに遭遇することがあります。たとえば、次のようなケースです。
【事例】 化粧品メーカーのA社は、美容系インフルエンサーのBさんに、新商品であるクレンジングオイル「C」を無償で提供した上で、「C」の特徴等を詳細に説明した。A社としては、BさんのSNSで「C」が紹介されれば、大きな反響が得られると考えていた。そこで、A社はBさんに「C」を提供する際、SNSに投稿されることを期待して、「もしかしたら、今後、BさんをCMに起用できるかもしれない」との話をした。 |
事業者による広告・宣伝であることがわからないと、一般消費者としては、事業者ではない第三者の感想であると誤って認識してしまう可能性があります。このように、広告であるにもかかわらず広告であることを隠す行為を、いわゆる「ステルスマーケティング」といいます[1]。
(2)ステルスマーケティングがなぜ問題か
ステルスマーケティングは、実際には事業者の表示であるにもかかわらず、一般消費者が表示全体から広告であるとは認識しないおそれがあり、一般消費者に誤認を与える行為であるといえます。この誤認は、一般消費者が自主的かつ合理的に商品選択することを阻害する可能性があります。
そこで、令和5年10月1日から、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれのある行為を規制することを目的とする景品表示法(正式名称:不当景品類及び不当表示防止法)によって、ステルスマーケティングが規制されることとなりました[2]。
その結果、今後はステルスマーケティングを行った事業者に対して、景品表示法に基づく措置命令(同法7条1項、景品表示法施行令23条1項)やその内容の公表がなされる可能性があります。そうすると、企業イメージが著しく低下し、一般消費者や取引先が離反する事態が生じることも懸念され、事業者にとって深刻なレピュテーションリスクを招来することになりかねません。このように、ステルスマーケティングの問題は事業者にとって無視できない課題であるといえます。
本稿では、法的規制の対象となるステルスマーケティングとはどのような表示かを確認した上で、事業者が商品またはサービスに関する広告を検討する際にどのような点に注意すればよいかを検討したいと思います。
2 どのような表示が規制対象となるか
(1)景品表示法の定め
景品表示法は、事業者が自己の供給する商品または役務の取引について行う以下の表示を不当表示として禁止しています。
【不当表示】 ⅰ 優良誤認表示(景品表示法5条1号) 商品又は役務の品質、規格その他の内容について、一般消費者に対し、実際のものよりも著しく優良であると示し、又は事実に相違して当該事業者と同種若しくは類似の商品若しくは役務を供給している他の事業者に係るものよりも著しく優良であると示す表示であつて、不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認められるもの ⅱ 有利誤認表示(同法5条2号) 商品又は役務の価格その他の取引条件について、実際のもの又は当該事業者と同種若しくは類似の商品若しくは役務を供給している他の事業者に係るものよりも取引の相手方に著しく有利であると一般消費者に誤認される表示であつて、不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認められるもの ⅲ その他の表示(同法5条3号) 前二号に掲げるもののほか、商品又は役務の取引に関する事項について一般消費者に誤認されるおそれがある表示であつて、不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認めて内閣総理大臣が指定するもの |
2)告示による指定
ステルスマーケティングを具体的に規制するため、令和5年3月28日、「一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示」(令和5年3月28日内閣府告示第19号)が、新たに景品表示法5条3号の不当表示として指定されました。当該告示は、令和5年10月1日から施行されています。
当該告示は、一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示について、次のように定義しています。
【一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示】 事業者が自己の供給する商品または役務の取引について行う表示であって、一般消費者が当該表示であることを判別することが困難であると認められるもの |
つまり、景品表示法の規制対象となるステルスマーケティングに該当するかどうかは、次の要件に照らして判断されることになると考えられます[3]。
【ステルスマーケティングの要件】 ① 事業者の表示であること |
ステルスマーケティングに該当しないために注意すべきこと
個別の表示がステルスマーケティングに該当するかについては、消費者庁が公表している「一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示」の運用基準(令和5年3月28日消費者庁長官決定)(以下「運用基準」といいます)が参考になります[4]。以下では、ステルスマーケティングの各要件に関し事業者として特に注意すべき事項について、運用基準に照らし検討します。
(1)事業者の表示(要件①)に該当するのはどのような場合か
事業者が表示内容の決定に関与したと認められる場合、つまり、客観的な状況に基づき、第三者(消費者やインフルエンサー等)の自主的な意思による表示内容と認められない場合には、要件①に該当すると考えられます。
事業者としては、宣伝効果を高めるために第三者に表示を行わせる場合があろうかと思いますが、仮に事業者が第三者に対し明示的に依頼・指示をしていない場合であっても、事業者の表示となってしまう場合がありますので、注意が必要です。たとえば、次のような場合は、表示内容が第三者の自主的な意思によるものとは認められず、形式的には第三者が表示していたとしても、実質的に事業者の表示として捉えられる可能性があると考えられます[5]。
【事業者の表示となる場合の一例】
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冒頭の事例の場合、A社は、BさんにSNSの投稿を明示的に依頼していませんが、今後のCMに起用する可能性に言及しているため、事業者が表示内容の決定に関与したとして、要件①に該当する可能性があると考えられます。
そこで、事業者としては、たとえば、次のような表示を検討する必要があると考えられます[6]。
【事業者の表示とならない場合の一例】
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冒頭の事例では、A社がBさんに「C」を提供する際、今後のCMに起用する可能性に言及することは避けた上で、SNSへの投稿を義務付けるものではないことを伝えることによって、要件①に該当する可能性を低減することができると考えられます。また、仮にSNSへの投稿を明示的に依頼するのであれば、「C」に関するA社の説明にとらわれず、Bさん自身の感想を投稿することを依頼することが必要になると考えられます。
(2)一般消費者が事業者の表示であることを分からないこと(要件②)に該当するのはどのような場合か
要件②については、第三者の表示であると一般消費者に誤認されないかどうかを表示内容全体から判断することになります。冒頭で示した事例の場合、Bさんの投稿の中に、A社の広告であることが全く記載されておらず、一般消費者が事業者の表示であることが分かりませんので、要件②に該当すると考えられます。
また、何らかの方法で事業者の表示があったとしても、一般消費者にとって、事業者の表示であることが不明瞭な方法で記載されていると、要件②に該当するおそれがありますので、注意が必要です。たとえば、次のような場合は、事業者の表示が不明瞭な方法で記載されているものと考えられます[7]。
【事業者の表示であることが不明瞭な方法で記載されているものの一例】
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ここで、事業者としては、一般消費者にとって事業者の表示であることを表示内容全体から明瞭にする必要があります。たとえば、以下の場合が考えられます[8]。
【一般消費者にとって事業者の表示であることが明瞭となっているものの一例】
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冒頭の事例では、Bさんが「広告」等の文言を入れたり、「A社から商品の提供を受けて投稿している」という文章を入れて投稿することによって、要件②に該当する事態を回避することができると思われます。ただし、大量のハッシュタグを付した文章の中にA社の広告であることを記載するような場合には、事業者の表示であることが不明瞭になってしまいます。あくまでも表示内容全体から明瞭になるように表示しましょう。
4 おわりに
事業者の広告は、商品やサービスを広く展開するために必要不可欠なものですが、広告効果を高めるためにステルスマーケティングを行うと、一般消費者が事業者の商品・サービスを適切に選択することができなくなってしまいます。また、ステルスマーケティングを行った事業者に対しては、景品表示法に基づく措置命令がなされ、その内容が公表された場合には、事業者のレピュテーションに深刻な影響を及ぼすこととなります。
事業者の皆様には、ステルスマーケティングの規制に抵触しないようくれぐれも注意していただいた上で、一般消費者の目を釘付けにするようなユニークで魅力的な広告を検討していただければと思います。本稿がその検討の一助になれば幸いです。
以上